ハンバーガー店にうどん店、ビーフジャーキーの製造……。牛の繁殖農家だった男性が、廃業後の再出発で様々な事業を手がけている。おいしい牛肉のすべての部位を余すところなく使って畜産の価値を高めたい。根底にあるのは「宿命」と例える強いこだわりだ。
鹿児島大のキャンパスからほど近い鹿児島市下荒田の住宅街に、テイクアウト専門のハンバーガー店「にくと、パン。」はある。元は精肉店だった物件を借り、2021年に開店した。当初はコロナ禍でテイクアウトがヒット。いまも夕方まで多くの客が訪れる。
「畜産農家の収入は、労働の大変さにみあっていない。僕の目的は畜産の価値を上げていくことだけ。100円でも高くできればいい」と、社長の大隣佳太さん(40)は話す。
鹿児島県南九州市知覧町出身。祖父の代から農家で、「物心ついたときから、乳搾りをして学校に行く生活だった」。
農業高校、農業大学校と進み、自宅近くの食肉処理場で解体された雌牛の子宮をもらって人工授精を独学で研究するほど、牛の改良に興味を持っていた。鹿児島県鹿屋市の種畜場で修業をした後、09年に24歳で家業を継いだ。
最も多いときに飼っていた牛は750頭。父の代の設備投資で負債が膨らんだ経営を立て直そうと、朝から晩まで正月も休むことなく働いた。趣味のサーフィンができるのは、夜明け前か仕事終わりのわずかな時間。だが、宮崎県で発生した口蹄疫(こうていえき)など外部の要因に左右され、経営は上向かなかった。
ある日、サーフィン仲間から言われた。「お前、ハッピーじゃない」
結局、市場や売り先を自分で選べないことに嫌気がさし、12年に自己破産した。
翌年、福岡市のIT会社に就職し、通信販売サイトの運営に携わった。18年に独立。そんなとき、牛のエサにこだわる肥育農家と出会った。
自己破産した後、畜産とは距離を置いていたが、肉のおいしさを追求するその農家から「納得するエサができた」と聞き、牛を丸ごと1頭買い上げる通販専門の精肉店をつくることに決めた。売りさばくことには自信があった。
着目したのは脂の少ない赤身の肉。赤身に特徴のある黒毛和牛の経産牛(出産を経験した雌)だけを仕入れた。肉のおいしさよりも、競りで高く売れる霜降りを追求してきた畜産界に疑問を感じていたからだ。
通販にはコロナ禍で客足の減った焼き肉店なども参入してきたが、設立初年度の20年には約3千万円を売り上げた。
ただ、サーロインやヒレなど…